「復活祭の頃」

 3月20日、一晩だけだったがパリの日本文化会館で、中村福助さんの「歌舞伎の舞台裏」という、講演と踊りの会があった。三場面の踊りであったが、矢張り3年ほど前、一晩だけパリの伝統あるアテネ劇場で、ピアノの曲と鼓でショパンの生涯を踊るという会が開かれたことがある。たまたま知り合いのファンの方が日本から応援にみえて、招いてくださって拝見したのだったが、全てが不調和であまりパッとした公演とは言えなかった。知人も困って、後から「日本での凱旋公演では、素晴らしかったです」と便りいただいたくらいである。今回は自分で構成したチームで、邦楽のバックで、一人踊り。前回は「すみれ」という題だったが、今回、紫に白ぼかしの衣装でスタート。息もつかせない気合が伝わって、これぞ日本舞踊と、分かるような気にさせられたし、目が放せなかった。パリでわが復讐成せりという場面だったのだろうか、「雪之丞変化」みたい。東京都が助成金を出し、リヨンで一晩、そしてパリ、翌日はもうロンドンで、すぐ日本という、自主公演で、これが芸の執念というものかと、心に残っている。
 パリ日本文化会館は多目的ホールで、いろいろな日本文化紹介の催しが開かれるが、お役所の管轄する第三セクター、劇場ではない。福助さんの公演も、文化講演であって、所作台は節約、黒のリノリューム床。3人の講師がマイクで、事前に歌舞伎や踊り、邦楽、衣装の解説、それから第二部が舞踊であった。楽屋からマイクまで黒の床に、グレーの足跡がバッチリ消えないままで、踊り終わったら、逆に綺麗に衣装の裾で拭き磨かれていて、たいへん気の毒であった。先々月の小野リサさんのボサノバコンサートの3晩も、毎回満員の人気だったが、楽器の設営、練習、公演、黒床に足跡だらけの舞台。気が散ってみっともないよと注意したが、準備設営の前に掃除係りが拭いて、以後終わると鍵を掛け、保安のため人を入れないシステムらしい。劇場だと、こんな足跡舞台でやらされたら、係りは後から役者さんに散々に叱られるだろう。そこがお役人と有力企業からの派遣応援スタッフで、言ってもケロリとしたもので劇場作法を知らないのである。芸の始まる前、黒子が出て清く磨くのが、日本文化だと思うのだが。

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