岡山市出身でフランスのパリを拠点に活躍する画家、赤木曠児郎さんから月に1回程度「パリ通信」を送っていただいています。

オスマン大通り

【近況】

この暮れは、母の忌中でお年賀も失礼しています。

年明けの1月下旬、コンパレゾン展、デッサン・水彩画協会展2つの展覧会があり、 招待され、その出品制作を完成させるのに、全精力を注がなければならない年末年始です。
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≪既刊≫

『パリ画集・21世紀始まりのころのパリ』
マリア書房刊
ISBN4-89511-347-7
6,500円+税
この8年くらいかけて描いた、約100点の最新作素描原画を収めています。

「新書版・私のファッション屋時代」

900円+送料
株式会社 第一出版センター(担当・大崎さん)
TEL(03)3235-3051
FAX(03)3235-0158
または、展覧会場でのみ発売
 
2003年12月22日

「暮れのパリ」

 地球の反対側、夏の南米を3週間回って帰ってきた。初夏のクリスマス飾りの商店街も調子が狂うが、イリュミネーションに飾られた、いつものパリにまた戻ってきた。
 留守中に、知人の読売新聞パリ支局長・池村俊郎氏の新著『戦争とパリ・ある二人の日本人の青春1935-45』(東京彩流社刊、2000円)が送られていて、読みふけってしまった。
 第二次大戦中、ドイツ占領下のパリに住んでいた体験のある、私も知っていたお二人に、当時の生活の思い出をインタビュウ、読売ヨーロッパ版に連載され、大好評だったものだが、お手軽に連載をつなげ、そのまま纏めて本にするのが多い時世に、単なる聞き書きだけでなくて、連載を全部分解して、一年以上かけて当時の歴史や記録を調べ、書き加え、足で現場に行き、そっくり書き直された労作であった。ただし柱は、お二人の当時の生活であり、論文ではないから、たいへんに読み易い。当時の世相、事件の解説は、ときに現代の歴史にまで脱線する。
 日本人は歴史に何を学んだのか?70年昔と同じ思考、生活パターンを繰り返し、ちっとも進歩していなくて、バブルにまで至った繁栄の30年間の間、同じ破滅に臨もうとしているのではなかろうか?チクリ、チクリと現代が覗くとき、心に不安の横切る書物で、旅行の後始末もせず読みふけってしまったのだった。

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赤木曠児郎氏 略歴
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