今週の詩
2026.9.7.~2026.9.12.
<文・白根直子>
『 短章『幼かりし日 e 瓦斯燈』 』
永瀬清子さんは、2歳から16歳の間金沢で暮らしました。
明治の終わりから大正時代にかけてのことです。
金沢では、
この世の神秘や不思議を感じさせる出来事に触れることがあり、
それを一種の皮膚感覚として受け取っていたようです。
昔話、グリム童話、ペロー童話、神話などを読み、
古くから伝わる子守唄やわらべ唄を聞いていたこの頃の永瀬さん。
「自分たちもそんな話をひとりでに空想し云いつたえた」ほど、
そこに暮らす人々にとっては、
現実の世界と神秘的な世界が自然に重なり合っていたのでしょう。
これらは、
「戦慄すべきことが多く」とあることからもわかるように、
めでたしめでたしで終わるような話ではなく、
現実の悲しみや厳しさを伝えていたことがうかがえます。
今なお「とても説明はできない」と書かずにいられない金沢の街の神秘。
この目に見えないものが、
金沢の街や文化を育み、
永瀬清子さんの感性をも育んだのでしょう。
明治の終わりから大正時代にかけてのことです。
金沢では、
この世の神秘や不思議を感じさせる出来事に触れることがあり、
それを一種の皮膚感覚として受け取っていたようです。
昔話、グリム童話、ペロー童話、神話などを読み、
古くから伝わる子守唄やわらべ唄を聞いていたこの頃の永瀬さん。
「自分たちもそんな話をひとりでに空想し云いつたえた」ほど、
そこに暮らす人々にとっては、
現実の世界と神秘的な世界が自然に重なり合っていたのでしょう。
これらは、
「戦慄すべきことが多く」とあることからもわかるように、
めでたしめでたしで終わるような話ではなく、
現実の悲しみや厳しさを伝えていたことがうかがえます。
今なお「とても説明はできない」と書かずにいられない金沢の街の神秘。
この目に見えないものが、
金沢の街や文化を育み、
永瀬清子さんの感性をも育んだのでしょう。
<文・白根直子>
永瀬清子さん プロフィール
過去の放送をPodcastで配信中!
朗読
- RSKアナウンサー
- 小林 章子
- (こばやしあきこ)
岡山市生まれ。
RSKイブニングニュースで永瀬清子さんをテーマに取材。
2003年 第29回アノンシスト賞・優秀賞「テレビ 実況・フリートーク部門」
2010年 第36回アノンシスト賞・優秀賞「CM部門」
2013年 第39回アノンシスト賞・優秀賞「ラジオ 読み・ナレーション部門」など受賞。
1906年、現在の岡山県赤磐市に生まれました。
1995年、89歳の誕生日に生涯を閉じるまで、生涯現役の詩人を貫いた「現代詩の母」です。
多感な時期を金沢・名古屋で、結婚して大阪・東京で暮らし、1945年に夫の転勤で岡山市に帰りました。
戦後、現在の岡山県赤磐市松木で農業に従事しながら詩を書き、詩の雑誌「黄薔薇」を創刊。
岡山県詩人協会の初代会長も務め、後に続く詩人を育てました。
また、ハンセン病の入所者とともに詩を書き、選挙により豊田村の教育委員、岡山家庭裁判所の調停委員、世界連邦運動に参加、近代岡山の女性史研究を行うなど幅広い活動も知られています。