今週の詩
2026.8.31.~2026.9.5.
<文・白根直子>
『 出ていった三章 a 出ていった 』
道ばたからふと見えた
「門から座敷まですっかり見えている」家の中。
家から出ていったのは、
そこに暮らしていた誰かで、
この世を去ってしまい帰ってくることはありません。
空っぽになった家は、
これから誰が住むのかもわかりません。
門のそばの紫苑がうつむいているのは、
枯れてしまったからなのでしょう、
まるで帰らぬ人の姿のようです。
その家を見た「私」は、
「赤坊を生んだばかりの女のようだ」と思うのです。
出産によって
「女」の体から子どもが出ていき胎内が
空っぽになるように、
大切な存在が
「出ていった」空間の喪失感を
重ね合わせているのでしょう。
人が生まれるのは、
この世へ出ていくことであり、
亡くなるのは、
この世から出ていくことなのだと気づかされます。
どこかさびしさがぬぐえないのは、
「私」が出ていく側になる日を思わせるからかもしれません。
空っぽの家とうつむいた紫苑を見つめる「私」。
どこかから来た「私」は、
いつか「どこかへ」いく日が来る。
そんなことを、ふと思うような詩だと思います。
「門から座敷まですっかり見えている」家の中。
家から出ていったのは、
そこに暮らしていた誰かで、
この世を去ってしまい帰ってくることはありません。
空っぽになった家は、
これから誰が住むのかもわかりません。
門のそばの紫苑がうつむいているのは、
枯れてしまったからなのでしょう、
まるで帰らぬ人の姿のようです。
その家を見た「私」は、
「赤坊を生んだばかりの女のようだ」と思うのです。
出産によって
「女」の体から子どもが出ていき胎内が
空っぽになるように、
大切な存在が
「出ていった」空間の喪失感を
重ね合わせているのでしょう。
人が生まれるのは、
この世へ出ていくことであり、
亡くなるのは、
この世から出ていくことなのだと気づかされます。
どこかさびしさがぬぐえないのは、
「私」が出ていく側になる日を思わせるからかもしれません。
空っぽの家とうつむいた紫苑を見つめる「私」。
どこかから来た「私」は、
いつか「どこかへ」いく日が来る。
そんなことを、ふと思うような詩だと思います。
<文・白根直子>
永瀬清子さん プロフィール
過去の放送をPodcastで配信中!
朗読
- RSKアナウンサー
- 小林 章子
- (こばやしあきこ)
岡山市生まれ。
RSKイブニングニュースで永瀬清子さんをテーマに取材。
2003年 第29回アノンシスト賞・優秀賞「テレビ 実況・フリートーク部門」
2010年 第36回アノンシスト賞・優秀賞「CM部門」
2013年 第39回アノンシスト賞・優秀賞「ラジオ 読み・ナレーション部門」など受賞。
1906年、現在の岡山県赤磐市に生まれました。
1995年、89歳の誕生日に生涯を閉じるまで、生涯現役の詩人を貫いた「現代詩の母」です。
多感な時期を金沢・名古屋で、結婚して大阪・東京で暮らし、1945年に夫の転勤で岡山市に帰りました。
戦後、現在の岡山県赤磐市松木で農業に従事しながら詩を書き、詩の雑誌「黄薔薇」を創刊。
岡山県詩人協会の初代会長も務め、後に続く詩人を育てました。
また、ハンセン病の入所者とともに詩を書き、選挙により豊田村の教育委員、岡山家庭裁判所の調停委員、世界連邦運動に参加、近代岡山の女性史研究を行うなど幅広い活動も知られています。