今週の詩
2026.7.13.~2026.7.18.
『 無色ノ人 』
永瀬清子は、
随筆「私の詩」(『農民芸術』第6集 1948年3月)に、
「賢治さんにむかつての詩を私は時々書きました」と3篇の詩を挙げており、
詩「無色ノ人」は、そのうちの1篇です。
「無色ノ人」は、
「我」にとって「絶壁ノゴトクソバダチテ」と表現されるほど大きな存在です。
そのうえ「我」が、
深いかなしみにくれたときには、
「無色ノ人ノ懐ニナクナリ」とあるように、
大いなる拠り所ともなっています。
この詩は、
カタカナと漢字で書かれた文語詩であり、
現代の私たちには、
やや難解に感じられるかもしれません。
まずは、声に出して読んでみてください。
詩が持つリズムの心地よさが自然と伝わってくるはずです。
2026年は、
宮沢賢治生誕130年・永瀬清子生誕120年にあたる記念の年です。
「無色ノ人」に託された永瀬清子の宮沢賢治への思いを、
この詩を通して感じ取っていただければ幸いです。
随筆「私の詩」(『農民芸術』第6集 1948年3月)に、
「賢治さんにむかつての詩を私は時々書きました」と3篇の詩を挙げており、
詩「無色ノ人」は、そのうちの1篇です。
「無色ノ人」は、
「我」にとって「絶壁ノゴトクソバダチテ」と表現されるほど大きな存在です。
そのうえ「我」が、
深いかなしみにくれたときには、
「無色ノ人ノ懐ニナクナリ」とあるように、
大いなる拠り所ともなっています。
この詩は、
カタカナと漢字で書かれた文語詩であり、
現代の私たちには、
やや難解に感じられるかもしれません。
まずは、声に出して読んでみてください。
詩が持つリズムの心地よさが自然と伝わってくるはずです。
2026年は、
宮沢賢治生誕130年・永瀬清子生誕120年にあたる記念の年です。
「無色ノ人」に託された永瀬清子の宮沢賢治への思いを、
この詩を通して感じ取っていただければ幸いです。
<文・白根直子>
永瀬清子さん プロフィール
過去の放送をPodcastで配信中!
朗読
- RSKアナウンサー
- 小林 章子
- (こばやしあきこ)
岡山市生まれ。
RSKイブニングニュースで永瀬清子さんをテーマに取材。
2003年 第29回アノンシスト賞・優秀賞「テレビ 実況・フリートーク部門」
2010年 第36回アノンシスト賞・優秀賞「CM部門」
2013年 第39回アノンシスト賞・優秀賞「ラジオ 読み・ナレーション部門」など受賞。
1906年、現在の岡山県赤磐市に生まれました。
1995年、89歳の誕生日に生涯を閉じるまで、生涯現役の詩人を貫いた「現代詩の母」です。
多感な時期を金沢・名古屋で、結婚して大阪・東京で暮らし、1945年に夫の転勤で岡山市に帰りました。
戦後、現在の岡山県赤磐市松木で農業に従事しながら詩を書き、詩の雑誌「黄薔薇」を創刊。
岡山県詩人協会の初代会長も務め、後に続く詩人を育てました。
また、ハンセン病の入所者とともに詩を書き、選挙により豊田村の教育委員、岡山家庭裁判所の調停委員、世界連邦運動に参加、近代岡山の女性史研究を行うなど幅広い活動も知られています。