オートイユ大通りにて
 

「秋・見本市も始まった」

 1956年6月に始めてフランスの婦人既製服メーカー20社が集まって、当時のアンバサダー劇場(現在のカルダン劇場)で婦人服プレタポルテ見本市が誕生、1958年から現ポルトベルサイユ見本市会場に移って年々隆盛となり、今では毎回4万5千人くらいが入る。今回が丁度100回目プレタポルテ見本市で、記念すべき見本市というので久しぶりに出掛けた。1972年このプレタポルテ見本市を日本市場に紹介。フランスのメーカー12社が参加して日本まで行った。初めての売りこみ旅行だったが、それをまとめた功労で私が「金の針賞」という業界勲章の第2回目を、アメリカのアイ・マグニン百貨店社長などと一緒に受賞しているので、今はもう画家となり時間が許さなくなっているが、懐かしかったのである。
 本体の「国際プレタポルテ見本市」に1500社(内400マークは新出品)が展示。派閥活動が盛んなのはいずこの国も同じで、別館に「プルミエクラス」(ファーストクラス)と名乗って260社、「フーズネクスト」(次の新人)というショッキングな名前のグループで約500社、3サロンいずれも40%くらいは海外からの参加出品、大きな見本市会場の5ホールに散らばって、「次の新人」会場ではジーンズを中心に若者が沢山集まり、デザイナーやマスコミや権威者でなく、お客が自分たちの好みで着るものを決める時代、現在のファッションの熱気一杯、お祭り騒ぎなのでした。


2005年9月13日 赤木 曠児郎  
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