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なぜ日本メディアも対象に?韓国捜査機関が「記者の個人情報」を収集した理由

■「まさか、自分が」JNNソウル支局記者の個人情報が見られていた
1月3日、JNNソウル支局の若手韓国人記者のもとに、契約している携帯電話会社からメールが届いた。韓国の捜査機関「高位公職者犯罪捜査庁(公捜庁)」に、彼の個人情報が見られていたことを知らせる内容だった。 発端は2021年12月の韓国メディアの報道だ。「公捜庁」が携帯電話会社への照会を通じ、国会議員や記者等の個人情報を収集していたというものだった。「日本メディアの記者も対象」とも報じられたため、JNNソウル支局の各記者も携帯電話会社に照会があったかどうか開示請求を行っていたのだ。 「まさか自分が」。記者は自らの情報が見られていたことに言葉を失った。 「公捜庁」が支局記者の情報について照会した時期は、2021年8月だった。理由は「裁判や捜査、刑の執行、または国家安全保障に対する危害を防止するための情報収集」とされていた。支局は限られた人員ゆえ、記者ひとりひとりが内政や外交、事件など幅広い分野の取材を担当する。ただ、照会理由にある捜査や国家安全保障などへの「危害」にあたる行為には、もちろん関わっていない。 ■韓国記者160人超、日本の主要紙もターゲットに 「公捜庁」は1年前に発足した捜査機関で、「高位公職者」すなわち政府高官や政治家らの不正を捜査することが目的だ。弁護士出身の文在寅大統領にとって悲願である“検察改革”の柱で、権力におもねった捜査を防ぐ目的とともに、強大な権限を有してきた検察の力を削ぐ狙いもあるとされる。独立した機関だがトップは大統領が任命することもあり、野党から「政権寄り」と批判され、中立性を疑問視する声も上がっていた。 そもそも「公捜庁」にとって記者は捜査の対象外のはずだ。また海外メディアを調べる理由も判然としない。担当窓口に経緯と理由を問うメールを送ったところ、すぐに返事が来た。 「こんにちは。(中略)気になることがあったら、いつでも電話してください」 思ったよりフレンドリーな文面だった。当局への取材は往々にして回答に時間がかかるが、素早い対応にも驚いた。この問題は連日、韓国で報道されている。影響が大きいためか、丁寧に取材に応じる姿勢をアピールする意図も感じられた。 回答では、今回の情報収集について「捜査上の必要性から、やむを得ず要請したもの」とあった。そして「記者『個人』を査察する理由は全くなく(捜査中の)被疑者と通話した相手が誰なのかを確認するために照会が行われたとみられる」という説明だった。 捜査の過程で「被疑者」の通話先を調べる必要があった。調べた結果、それがたまたま「記者」だったというわけだ。韓国の法律では、捜査機関は携帯電話会社から氏名や「住民登録番号」(日本のマイナンバーにあたる)住所などの個人情報を裁判所の許可なしに入手できる。この点では違法ではない、ということになる。 一方で「捜査の詳細を伝えることはできない」として、対象外のはずの記者の個人情報を収集していたことに関する十分な説明はなかった。何について調べたのか、なぜ調べる必要があったのか詳しい説明がない以上、「捜査上の必要性」を理由に取材活動が監視される懸念は払拭されない。報道機関の鉄則である「取材源の秘匿」に支障をきたす可能性もある。 「公捜庁」がこれまで個人情報を照会した韓国メディアの記者は、160人を超えると伝えられている。日本メディアでは、6日までに朝日・東京・毎日・読売の各紙のソウル支局の韓国人記者も対象だったことが次々明らかになっている。また保守系最大野党「国民の力」によると、所属国会議員の約9割のほか、大統領候補である尹錫悦氏とその妻も照会対象だったということで、「不法な査察だ」と批判を強めている。 数日後、支局の別の韓国人記者からは意外な報告もあった。 ■「南北関係に関する事件」で「ソウル警察庁」も その支局記者については昨年5月、「ソウル地方警察庁」(日本の警視庁に相当)が個人情報を収集していた。「公捜庁」問題で携帯電話会社に情報照会の有無を確認したところ、警察も同様の行為を行っていたことが判明したのだ。 「ソウル地方警察庁」に理由を問い合わせたところ、捜査の詳細は明かせないとした上で「昨年5月、南北関係発展に関する法律違反事件の捜査を行っていたところ、捜査対象者が誰と通話したかを調査したもの」と回答してきた。この頃、文在寅大統領は任期が残り1年となる中、南北関係改善の「最後の機会」と強調していた。当然、記者は法に触れるような活動はしていないが、通常の取材活動が捜査の対象とされた可能性もある。 韓国の人口は約5000万人で、国内には800万台の防犯カメラが設置されている。これらを活用し、新型コロナの隔離措置を守っているかどうかなど個人の行動追跡も行われたことが知られている。犯罪防止や捜査に役立つ面はあるだろうが、一方で監視社会化も確かに進んでいる。個人の情報が収集されることへの社会的ハードルは高くないのだろうか。 ■「民主化運動」が原点の政権なのに 5月に5年間の任期を終える文在寅政権を振り返ると、中盤以降に言論や表現の自由をめぐり独善的とも言える手法で向き合ってきた印象がある。 ▽2019年、進歩系与党「共に民主党」の報道官が海外メディアの記者を名指しで批判する論評を行い、物議を醸した。記者は、文政権の最優先課題の一つ、北朝鮮政策について記事で厳しく批判したことで、個人攻撃の対象となった。 メディア団体などは「報道の自由を脅かす」と反発、撤回に追い込まれた。 ▽2020年には、北朝鮮に向け“体制批判ビラ”散布などを禁止する改正法が野党の反対を押し切る形で成立した。脱北者団体の活動を封じることになり、北朝鮮の意向に応じた形だ。米議会で批判的意見が出るなど、国際社会から「表現の自由」の侵害を懸念する声も聞かれたが、南北融和優先の政権の姿勢が際立った。 ▽2021年に注目されたのは「言論仲裁法」改正案だ。「虚偽報道」に対し、懲罰的賠償を報道機関に求めることが柱とされた。韓国メディアは、辞任に追い込まれた側近をめぐる報道が背景にあると伝えている。法の根幹である「虚偽」の判断基準があいまい、との批判が根強かったが、与党はギリギリまで成立を目指した。野党は「大統領選挙を前にメディアの掌握が狙い」だと強く反発。メディア団体からも「言論の自由はもちろん、民主主義に反する」と猛抗議を受け、採決は見送られている。 軍事独裁に抵抗し、自由な言論を求めて民主化運動に身を投じたのが文大統領の原点だ。人権派弁護士としても活動していた。同様に“民主化”の流れを汲む人たちが与党で政権を支える。しかし、権力を掌握した後のこうしたケースを見ると、自分たちの都合を優先させるあまり、理念が霞んでしまったように映る。 波紋を広げている「公捜庁」の個人情報収集をめぐり、韓国の国家人権委員会は6日「捜査に必要な範囲内で最小限の情報に提供すべき」として制度改善を促す声明を発表している。3月に韓国は大統領選を迎える。新たなリーダーは、個人情報の保護や言論の自由といった民主主義の重要な問題について、どんな考えを示すのだろうか。 JNNソウル支局長渡辺 秀雄(08日09:03)

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