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「あなたは本当に民主派?」香港の“自称民主派”を記者が直撃…中国政府の“奇策”説も?透ける市民の怒り

■中国色に染まる香港の選挙
午前8時、香港を車で移動中にラジオから聞き覚えのある曲が流れてきた。「義勇軍進行曲」、勇ましいトランペットの旋律から始まる中国の国歌だ。 「すべてのチャンネルがこの時間に流すようになったよ、いつのまにかね」ドライバーが教えてくれた。テレビも一斉に国歌が流れる時間が決まっているという。香港は着実に“中国色”に染まりつつあるのだと感じる。 2021年12月上旬、記者は議会にあたる立法会選挙を取材するため香港を訪れた。前回の選挙で民主派は4割を超す議席を獲得したが、今回は「親中派圧勝」が確実だった。「愛国者による香港統治」を掲げる中国の習近平指導部のもと選挙制度が変更され、その結果、政府と対立してきた民主派は候補者擁立を断念せざる得なかったからだ。 制度変更後初めての今回の選挙で、出馬するには以下の手続きが必要となった。 ▼候補者が「愛国者」かどうかの政府機関による審査▼選挙委員会の委員10人の推薦 また今回の選挙から議員定数は70から90に増やされたが、香港市民が直接投票で選べるのは35議席から20議席に減らされている。 香港ではすでに8月、民主派の立法会議員が審査の結果「政府に忠誠を尽くしていない」として議員資格を剥奪される事態が起きていた。出馬の際に推薦を受ける必要のある選挙委員会も「親中派」一色だ。民主派候補を事実上排除するための制度変更なのは明らかだった。ただ、おかしなことに今回の立法会選挙には民主派を名乗る候補者がいた。あくまで“自称民主派”だが、その実態を取材するのも今回の香港入りの大きな目的だった。 ■「あなたは民主派と言えるのか」の問いに 立法会選挙では、市民の直接投票で決まる10選挙区・20議席に35人が立候補していた(1選挙区あたり2人選出)。このうち“自称民主派”は13人で、候補者の約3分の1と少なくない。取材を申し込んだところ2人が応じてくれることになった。 投開票日を3日後に控えた日の朝、1人目の候補者のもとに向かった。彼は陳進雄候補、44歳。香港らしい、高層マンションが立ち並ぶターミナル駅前で選挙活動をしていた。街宣用の自作パネルには「建制派(=体制派)を倒す」とあり、「自分は唯一の民主派」だとアピールしていた。ただ陳候補が出馬できたということは、前述のように中国政府から愛国者と認められ、親中派の選挙委員会からも推薦を得たことを意味する。 「本当にあなたは民主派と言えるのか」そう問うと、彼ははっきりとした口調で答えた。 「私たちの考える民主とは、かつての民主派のように中国政府に非協力的で、敵対するものではない。対話を通じて香港の人たちの要求を中国政府に知ってもらいたい。さらに中国政府の懸念や要求も香港の人たちに伝えたい。一国は一国なのだから」 香港の行政トップである行政長官について、選挙委員が選ぶのではなく「普通選挙」で選出すべきだという民主派と同様の主張もしていた。だが中国政府と協力していくと強調する姿勢は、これまでの民主派と大きく異なる。現状の制度下で可能なことを模索しようというのだろうか。 ■「プレッシャーから家の酒を飲み干した」 もう一人の“自称民主派”、劉卓裕候補は45歳。香港の地方議会にあたる区議会の現職議員だ。彼は区議として政府に忠誠を誓う「宣誓」をすでに行っているが、ほかの民主派区議の大半は「宣誓」はできないと辞職している。「宣誓」した議員は有権者からは「親中派」と認識されるケースが多いという。 だが劉候補は自信たっぷりに語る。「私は間違いなく民主派です。香港において民主派の定義は広い」 香港立法会選挙の公式HPに掲載されている候補者紹介には「独立民主派」と記載され、「自由の保護」などを訴えていた。 「プレッシャーが大きくて、家にあった何本かのお酒を全部飲んでしまいました。お腹周りも大きくなってしまいましたよ」 彼はジョークを交えながら、出馬に先立ち政府に忠誠を誓う際、重圧を感じていたことを明かした。民主派を絶やしたくない、という思いだったようだ。 ■中国政府の“奇策”説と有権者の“シラけ”の意味 「政府に対して妥協した候補」「民主派の皮をかぶった建制派(=体制派)だ」 民主派支持の市民に選挙前、彼らのような“自称民主派”候補について尋ねたところ辛らつな言葉が続いた。民主派議員と似たような主張をしていたとしても、投票する気はないと言い放った。選挙には行っても白票を投じる考えのようだ。政府から「愛国者」とお墨付きを得たことがどうしても許せないのだという。2候補が言う“民主派”と有権者の考える民主派には差があるのだ。 そもそも、“自称民主派”の彼らが出馬できた背景には「開かれた選挙」を演出したい中国政府の“奇策”があったという指摘もある。香港メディアは、中国政府の出先機関「中央政府駐香港連絡弁公室」が、一部候補に民主派として出馬するよう打診していたと報じた。JNNの取材に応じた2人の候補は「声はかからなかった」と否定している。 これに対し、政府に対する厳しい論調で知られ廃刊に追い込まれた香港の新聞『リンゴ日報』首席記者だった陳カク明氏は別の見方を示す。 「“自称民主派”は知名度や実績もない。たとえ当選しても力が発揮できるかは疑わしい。政府にとって脅威ではないから出馬が認められたのだろう」 案の定というべきか、立法会選挙は“自称民主派”の13人全員が落選した。 話を聞いた陳進雄候補の票数は2999票。有効投票数に対する得票率は約2%で選挙区の5候補中、最下位だった。(有効投票数147449:香港立法会選挙公式HPより) もう1人、劉卓裕候補も3候補の中で最下位で獲得票数は12828票。得票率は約8%だった。(有効投票数は158821:香港立法会選挙公式HPより) 開票結果を受け2人に話を聞こうとしたが、陳候補は「有権者が選んだこと。有権者に聞いてください」とだけ語り、開票所を後にした。劉候補は姿を見せなかった。今回の立法会選挙の投票率は30.2%と史上最低を記録する一方、白票を含む無効票は2%を超え、これまでで最も高くなった。 投票日の市民は、こんな反応だった。「面倒なことに巻き込まれたくない」「市民は政府を信用していない」「今の政府への不信感は200%です」 予想通りの“冷めた”選挙結果と言える。ただ低い投票率と白票は、市民がこの選挙を受け入れないという抵抗の意思表示にも映る。選挙の正当性の揺らぎにも繋がりかねない。「愛国者による統治」で行き場を失った香港の民意は今後どうなっていくのか、注視したい。 JNN上海支局長 寺島宗樹(29日9:00)

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