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1993年 雅子さま外務省にお別れ 退職のあいさつ(皇室アーカイブより)

皇室ご一家の懐かしい映像を、TBSの映像ライブラリーよりお届けする「皇室アーカイブ」。
1993年1月19日に天皇陛下(皇太子さま・当時)の結婚相手に決定した雅子さま(小和田雅子さん・当時)は2月9日に、1月まで約6年間勤務していた外務省に退職の挨拶のため訪れました。 この日の朝、多くの報道陣が待ち受ける中、東京都・目黒区の当時の自宅から出てきた雅子さまは紺のロングコートに襟元にはブルーとグリーンの鮮やかなスカーフ。ハンドバッグとハイヒールは黒革のもので統一され、フェイスまわりを立ち上げてサイドを片耳にかけたヘアスタイルはいかにもキャリアウーマンらしい出で立ちでした。 玄関口で見送る母親の優美子さんに軽く合図を送りながら、迎えに来た車へと乗り込み外務省へと向かわれます。 外務省へ入ってもフラッシュがやまない中、勤務していた北米第二課へ。同僚たちが拍手で出迎えます。「おめでとうございます」の言葉に大きくお辞儀をして「ありがとうございます」と答えられる雅子さま。そして同僚の男性の、「みんなからですね、寄せ書きをしまして、それと記念品と・・・」の言葉に少しびっくりしたような表情をされながら、中央に「和」と書かれた寄せ書きを受け取られました。 カメラマンからの「こちらを向いてください」のリクエストに応えられ、寄せ書きを手に持ちながら、笑顔を向けられた後、今度は記念品を受け取られました。最後に女性職員から花束を贈られ、部屋中が大きな拍手でいっぱいとなりました。 続いて雅子さまは、当時外務事務次官だった父・小和田恒さんと共に外務大臣(当時)の渡辺美智雄氏の元に挨拶に訪れました。座るように促され、大臣と離れた席の方に進まれた雅子さまに、渡辺外相は「こっちへ来たら?」と自分の側の席を勧めると、長いソファの外相側に雅子さま、奥に父親の恒さんが座り、まずは恒さんが「長い間と申し上げたいのですが、あまり長くはない間でしたがお世話になりまして」と切り出します。 渡辺外相「ちょうど10年間?6年間?」 恒さん「その内研修がありますから、実際働いたのは3年くらい」 渡辺外相「毎晩毎晩、仕事熱心で、お父さんが心配していたよ。帰りが遅いのでね」 終始和やかに会話が弾んだ後、報道陣がしきりに雅子さまと渡辺外相との握手をせがみます。「お願いします」「最後の外務省ですから」の言葉に「それじゃあ」と渡辺外相は立ち上がり「妃殿下になったら握手できないから」と雅子さまに手を差し出し、雅子さまもそれに応えられて手を差し出し、握手をされました。 雅子さまの外務省でのインタビュー「私からはこれまでのお礼など申し上げまして、皆様からはこれからがんばってください、というような励ましのお言葉をいただきました」 記者「皇太子の婚約者となられてこの1か月、いろいろ大変だったと思いますけれども、気持ちの面でこれまでとお変わりになったことはありますでしょうか」 雅子さま「先月の19日の皇室会議の後の記者会見で申し上げたとおりでありますけれども、その後も両陛下や皇太子殿下に大変に温かい心遣いをいただきまして、とてもありがたく存じております」 その後、雅子さまは花束を手に外務省を後にされました。外務省前には実に多くの見送りの職員と、大勢の報道陣がつめかけていました。(19日21:00)

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