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研究は50年前の“好奇心”から ノーベル物理学賞・真鍋淑郎さんnews23に語った喜びの声【ノーカット】

地球温暖化研究の先駆者として評価されノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎さんが、受賞直後に「news23」に出演し中継インタビューで喜びを語りました。
小川彩佳・国山ハセンキャスター:この度は本当におめでとうございます。 真鍋淑郎さん:ありがとうございます。 小川キャスター:4時間半ほど前に発表があったばかりですけれども、今率直にどんなお気持ちでいらっしゃいますか。 真鍋さん:まったく驚きで、こういう賞をもらうとは夢にも思ってなかったんですけれども。もう、驚いてます。 小川キャスター:それはどういった驚きですか。 真鍋さん:今までのノーベル賞というのは、物理学のテーマだとか、天体物理のテーマだとか、そういうテーマで素晴らしい研究をした人たちが皆さんもらってるんです。ところが、この賞は気候変動、気候の問題についてがテーマなんですね。そういうテーマでノーベル賞をもらった人はこれまでいないということで、そういう意味でこれは大変驚くべきことだと。こういう賞をいただいてるということは非常に幸運であると、そういうふうに思っております。 国山キャスター:今ご自宅の前にいらっしゃいますけれども、ノーベル物理学賞の受賞というのはどのように聞いたんでしょうか? 真鍋さん:今朝5時すぎに起きて電話をしていただいたんですが、これは間違いないと思ってですね。非常に嬉しかったです。 国山キャスター:笑顔が印象的ですね。 小川キャスター:ご家族やご友人からはお祝いのお言葉届いていますか。 真鍋さん:今たくさんお祝いのEメールが来てるんですが、僕のEメールは時間がかかってね。ほとんど答えないままでまだ置いてあります。世界中からEメールが来てますが、とても僕のペースでは間に合わないので。 小川キャスター:ここまでは本当に様々な長い道のりがあったと思うんですけれども、地球温暖化の研究を始められたのは50年前だということで、この50年前に研究を始められたきっかけというのはどこにあったんでしょうか? 真鍋さん:その頃の天気予報のモデルですね。それを大気大循環のモデルというものに発展させる。そうすると気候の研究ができるという考えで、アメリカの研究所で「天気予報のモデルを発展させて気候のモデルを作る」という動きがあったんですが、それが研究の元となってます。 小川キャスター:50年前に研究を始められたときは、今のように地球温暖化だったり気候変動という現象や言葉というのは全く一般的ではなかったわけですよね。 真鍋さん:全くなかったです。だから、結局好奇心です。そこからスタートしたということです。 小川キャスター:今日は科学ジャーナリストの寺門和夫さんにもお越しいただいています。 寺門和夫さん:真鍋先生、受賞おめでとうございます。一つ質問があるんですが、先生は今の地球の状況をどういうふうにお感じになっていらっしゃるでしょうか。 真鍋さん:一番大きな問題は、干ばつですね。干ばつの頻度がどんどん増えていると。南部ヨーロッパではどんどん乾いて気温もどんどん上がる。気温が上がればますます乾く。それで干ばつが頻繁に起こると。それから、アフリカのサヘル砂漠では、やはり干ばつで、もう農業が前のようにできなくなると。それで大量の人々がヨーロッパに移民してると。それから日本もですね、大洪水、がけ崩れ、そういうものが非常に頻繁になってきたと。世界では最近ライン川で大洪水が起こって大変だったと。こういうことが今起こってるので、それがやはり元はといえば気候モデルで昔予想したことがそのまま今起こってるんですよ。だからこれはもう大問題で。将来はこの傾向がどんどん続いていって悪化するということになってますので、その対策をどうするかというのは大問題になると思います。 小川キャスター:そうした今を考えたときに、本当に大きな受賞となっているわけですけれども、日本の大学院を卒業された後真鍋さんはすぐにアメリカに渡って研究を始められました。これはどうしてなんでしょうか。 真鍋さん:先ほどの話に戻るんですが、ジョン・フォン・ノイマンという有名な数学者・物理学者がいるんですよ。この人は「計算機の父」と今、皆考えていますが、彼はプリンストンの高等研究所にいたんです。彼の開発してる計算機を本当に一番有効に使えるものはWeather forecasting(天気予報)だというふうに考えて、若い研究者を高等研究所に集めて研究していたんですよね。私が大学の学生の頃に彼らの研究の論文を読んで、非常に影響されて、大学院ではそういう研究をしようと思ってたんですよ。そして、今では必要不可欠になっている「数値予報」、それを大学院で専攻して研究していたんですが、それがアメリカ気象局のスマゴリンスキーという人の目に留まったんです。彼は、天気予報のモデルを発展させて気候のモデルを作ると。そのため若い研究者を世界中から集めてたんですが、彼がたまたま私の論文を読んでくださって、それで招待されて1950年にアメリカに来ました。終戦後の日本で、あの頃は大学を出て博士号を取っても職はなかったんです。だから、アメリカに呼ばれたことは非常に幸運だと。そして来てみたら、当時のコンピューターを使ってですね、自由自在に気候モデルの研究をすることができたというのは非常に幸運だったと思います。 国山キャスター:気候問題というのはみんなで考えなければいけない問題だと思うんですけれども、子どもたちに伝えたいメッセージはありますか。 真鍋さん:今までは、日本の物理学者が、たくさんノーベル賞を取ってますよね。だけど、できたら気候学をやってみたいという子どもたちがもう少したくさん出てくるといいと思いますが。それは私の希望です。 小川キャスター:真鍋さんの受賞がそうした子供たちにも繋がっていけばというふうにも願います。真鍋さん、これからますますお忙しくなられると思いますけれども、どうかお体はお大事になさってください。本日お時間ありがとうございました。 真鍋さん:ありがとうございます。(05日23:15)

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