「フランス大統領選挙」

 高潔な気概の人が、居ないのである。政治家のプロになり精通すると、政(まつりごと)を職業に、個人利益をはかるようになる。個人も莫大な経費が必要で、党派を維持したりそうしなければ生きて行けないのも分かる。しかし、政治家になった理想は、世の中の為、人のために盡すのが理想で、政治家になる道に入ったはずである。だから初代の人々の信頼の成功は、この理想を忘れていないからだと思う。しかし、2代目、3代目の跡継ぎとなると、理想は口にしたとしても、生まれた時から家業で、利益を上げ、維持して栄えさせてゆくのが、当然の身に付いた習い性で、誉められる。だから、古来民主主義をかかげる人たちは、2代目、3代目、家業化した跡継ぎ政治家を、選挙で落選させて、避ける知恵を身に付けていたのである。良く事情を知って居て専門家だから任せておいた方が良いのでは、などという日本人みたいな甘い考えは持って居ない。ギリシャ、ローマ時代の西暦前のことを書いた人物列伝書「プルターク英雄伝」は、西欧のインテレクチャルにとって子供の時から読まされる古典であるが、政治家の陰謀、裏切り、嫉妬、民衆の意見の出鱈目さが溢れていて、2500年の昔でも、ちっとも変っていないのである。若い頃面倒な古代の本、名前が複雑で覚えられず、走り読みで面白くない書物だと避けたが、今この年になって読み返して、読めるし、あらため嵌ってしまっているのである。こちらの人はこれで育っているから、討論の自由、主張、意見を守ることに賭けているので、周りの目顔をみて、自分の意見は押さえ、調和を計って良しとする日本とは、随分違い、北朝鮮だって、中国だって、中々やっている訳である。日本も同じように自分の独立国としての意見を出すべきで、どんな意見にも反対が半分は成立するのだから、サルトルの実存主義ではないが、どちらかを選択をしなければ成り立たないのである。しかし何事にも、反対を言い立てて、利益にしよう、仕事にしようとする人も「必ず」存在し、こと欠かないのである。

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