お弁当の日がやってきた (2)
〜お弁当が日本を変える! 竹下先生のねらい〜
(2006.2.25)
前回に続き、香川県綾南町立滝宮小学校の、お弁当の日の取り組みをご紹介します。
実は香川県まで取材にうかがったのは、滝宮小学校のお弁当の日のいきさつを記した本「弁当の日がやってきた」を読んだからです。 この本を読んで、どうしても、お弁当の日をスタートさせた当時の校長で、著者の竹下先生にお目にかかり、お話をうかがいたかったからなのです。
先生がお弁当の日を英断した、そのキーワードは"一家団欒"でした。
竹下先生著 「弁当の日がやってきた」
栄養士の先生の奮闘ぶりや、親子のふれ合い、竹下先生の思いがたくさん詰まっています。
まもなくPART2が出版される予定です。


視察があとをたたないお弁当の日!
「自分で作ったお弁当を給食の代わりに持って来る」という滝宮小学校のお弁当の日の取り組みも、今年で5年目を迎えます。
全国初の試みということと、食育という追い風も手伝って、毎回全国からの視察が後を絶ちません。
取材した日も、岡山市内の小学校PTAの皆さんが10人ほど来られていました。 子供が書いたお弁当の設計図に感心したり、親の感想文を読んだり、また、直接子供たちに質問しながら、お弁当の日を見学されていました。
感想をうかがうと…
視察に来られていた岡南小学校(岡山市)のPTAのみなさん。
彩りやバランスも考えていて、とても子どもたちが作ったとは思えない。
今、3年生の子どもがいるが、危ないので包丁を持たせていない。でも、このお弁当を見たら、やらせた方がいいかも…と思う。
お弁当の技術もさることながら、命の大切さや思いやりの心を育むということに期待したい。
時間がかかっただろうに、子どもたちのお弁当にかける情熱・エネルギーを感じる。
今すぐ始めることは出来ないかもしれないが、我が校でも検討したい。
といった声が聞かれました。
広いランチルームでの食事。ランチルームの隣には給食室があり、出来立ての給食が食べられます(綾南町のすべての小・中学校にはランチルームがあるそうです。)
1〜6年生が同じテーブルで食べるので、「自分たちも5年生になったらお弁当を作らないといけない」という意識を早い時期から持ち、興味を抱くそうです。
給食当番意外もスモックを着ての食事。
食べこぼしのついた制服で授業を受けないという、けじめからだそうです。
末澤敬子校長先生も、お弁当持参。
エプロン着用で生徒と一緒に食べます。


石橋をたたいて渡らない教育に喝!
実施するたびに、他校や行政の視察が後を絶たない"お弁当の日"ですが、では実際に始めたところはどのくらいあるのでしょうか。 実は綾南町の他の3つの小学校と、岡山県内の2校などで、全国的に見ても数えるほどしかないそうです。
すばらしい取り組みと思っていても、なかなか自分の学校でスタートできないのはなぜでしょうか?
まずは親の同意が得られないこと。 「親は手伝ってはいけない」というお約束事とはいえ、まったく無関心というわけにはいきませんし、それでは意味がありません。 共働きで忙しい親が多い中で「なぜわざわざ…」というところが本音でしょうか。
また、一括注文している給食の食材の手配をどうするのか、調理実習などの教科や栄養指導などのカリキュラムをどうするのか、といった学校側の取り組みの問題もあります。
しかし、一番のハードルは「何かあったときの責任の所在をどうするのか?」という責任論になってしまうのです。 子供が包丁でケガをしたら… 家が家事になったら… 一体誰が責任を取るのか?

「そうやって、子どもを守ってやろうとするたびに、結局は子どもが育つ大切な環境を奪っていることになるんだ。 お前が守ろうとしているのは子どもの安全ではなく、お前の校長という地位だ。 お前が本当に<弁当の日>を信じているのなら、その地位をかけて実践してもいいだろう。」
("弁当の日がやってきた" 本文より)
滝宮小学校では、校内のいろいろなところに、お弁当に関した掲示物があります。

お弁当で日本を変える!一家団欒の大切さ!
「石橋をたたいて渡らない教育が多すぎる。このことが子どもたちの多くの可能性の芽を摘んでいる。」 4年前、お弁当の日をスタートさせた当時の竹下先生の言葉です。
リスクと向かい合い、リスクと闘う経験の中で、リスクに打ち勝つ力が育ってくる。
お弁当の日を通して、本気で日本を変えようとされている竹下先生にインタビューさせていただきました。
竹中: 先生は一家団欒が増えれば、子どもの非行は1/10に減るとお考えですが…
竹下: 今の子どもたちの自殺や援助交際といった行動は、自分がこの世の中に存在する意味・価値を見出せないでいるからではないでしょうか。
家族が自分を大切に思ってくれているということを確認するのは、一家団欒の食事の時間が一番。 自分はこの親から生まれ、慈しまれて育ち、自分もいずれ親になって家族を守るという気持ちを一家団欒によって培っていけば、"どうせ俺なんか、生きていても意味がない"ということにはならないと思います。
竹中: それにはお弁当が果たす役割が大きいと思われるのですね。
竹下: お弁当は一人前作るのは無理。必ずあまったものを親や家族が食べることになります。
父親が職場に持って行き、自慢だったのでまた次も作って欲しいということで、子どもの存在価値を認めることになります。
家族が食べ物を介してつながっていく。 だから、私はお弁当が日本を変える!と思っています。

竹下先生にお話をうかがいながら、自分が幼いときに親から与えられた一家団欒の場や、"お米一粒でも大切にしなさい"といった食べるということを大切に思う心を、今度は子どもに伝えていくこと。 これが、もしかしたら一番の親孝行、恩返しなのかもしれない、という気持ちになりました。
6年生は卒業アルバムに載せるため、お弁当と一緒に記念撮影です。
最後に先生が、お弁当の日を経験して卒業していく子どもたちに贈る言葉を少しご紹介します。
食事を作ることの大変さがわかり、家族をありがたく思った人はやさしい人です。
手順よく出来た人は、給料をもらう仕事に就いたときにも仕事の段取りのいいひとです。
食材がそろわなかったり、調理を失敗したりしたときに、献立の変更が出来た人は工夫できる人です。
友達や家族の調理の様子を見て、ひとつでも技を盗めた人は自分の感性を磨ける人です・・・
まだまだ、はっとするような文章が続きます。
この続きは、竹下先生の本「弁当の日がやってきた」に載っています。よろしければ読んでみてください。

 
国分寺中学校校長
竹下和男先生
全国を講演で飛び回る忙しさ。当時の教育長が二つ返事で「やりなさい」といってくれたことに感謝だそうです。

竹下先生が赴任して、国分寺中学校でもお弁当の日が始まりました。


(竹下先生撮影)
親との会話が少なくなる世代、お弁当を介してコミュニケーションをとっていることも多いのでしょうね。