喜多 泰功

日々の事件から
テーマ性のある問題まで

喜多 泰功

報道局 報道部

2003年入社

関心ある物事をテーマに掲げ
ドキュメンタリーとして追う醍醐味。

取材日:2016年2月
組織名:2018年3月時点

アルバイトとして
RSKの制作現場に

デスク

大学在学中から、放送局で働きたいというという思いを持っていた私は、その足がかりとして3年生のときにRSKでアルバイトを開始。カンペ出しやゲストのアテンド、CMの合図出しなど、フロアディレクターをしていました。ところが、卒業して正社員になり配属されたのは営業部。それまでと同じ制作現場で働くことしか考えていませんでしたから、好きな仕事ができないことに意気消沈してしまいました。 そんなスタートでしたが、営業を経験したことで社会人としての基礎力がつき、今では経験して良かったと思っています。

戦争から発達障害まで、
興味・関心を取材のテーマに

撮影

その後、私は大阪支社営業部で全国区の仕事に携わることになり、広告代理店やテレビ局の仲間たちと刺激のある仕事をするうちにどんどん営業の仕事にはまりました。そして2年ほど経ち「自分は営業マンだ」と自覚するようになった頃に告げられたのが、事件が発生すると慌ただしく走り回り、怒声が飛び交うようなイメージを抱いていた報道部への異動でした。 報道部で記者として1年がたった頃に与えられた仕事は、真珠湾攻撃の際、特殊潜航艇の乗組員として戦死した方(岡山市北区御津出身)を追うというもの。そこから興味を引かれ、太平洋戦争、岡山空襲など「戦争」をテーマに掲げるようになりました。

また、最近は「発達障害」の取材に取り組んでいます。私の興味・関心は本から芽生えることが多く、これも岡山に住む発達障害の方が書いた一冊がきっかけでした。私は本人にコンタクトを取り、まずカメラを向けることなくきちんとやりとりをして信頼関係を築いてから取材に入りました。本人だけでなく、そこから派生して協力いただく方々にも「喜多は信頼できるヤツだから安心して取材を受けたらいいよ」と伝えてもらえるようにならなくては、いい取材は出来ないと思います。発達障害をテーマに今、ひとりの女性を追っているところで、これをドキュメンタリー作品として発信するのが目下の目標です。やはり報道の仕事をするからにはドキュメンタリーを手掛けないと。その経験から自分の仕事に何が足りないのかが見えてきますし、番組に仕上げることで取材相手の期待にも応えられると思うのです。

編集

また、ニュースは日々いろんなことがあり、伝える準備をしている間にも刻々と事態は変わります。以前、年末の報道特番の編集をしているときにも大慌てしたことがありました。その年は高橋大輔選手や町田樹選手が活躍したことから、この話題を編集。ナレーションもスーパーも入れ、ほぼ完成という段階でなんと町田選手の電撃引退の速報が!時間がない中、なんとか対応しましたが、このようにオンエアするまで気が抜けないのが常です。

早めに準備を進めながらも、いつでも差し替えができるよう心構えをしておくなど、臨機応変な対応が求められる仕事でもあります。

情報をもらってこその
仕事だから

取材

報道記者として9年のキャリアになり、今は比較的自分のやりたいことをさせてもらっています。誰に言われたわけでもありませんが、時間があれば県庁や市役所を歩いて、あちこちの部署に顔を出してあいさつをしています。顔を覚えてもらわないと腹を割って話もできませんし、重要な情報をいただくこともできませんから。営業と記者の仕事は似ていて、お金をもらうか情報をもらうかの違いだと思っています。情報をもらわないと報道の仕事は成り立ちませんから、人とのつながりや信頼関係は社会人として一番大切なことです。