作家 原田宗典さんにお話を伺いました!!

今回、原田さんは、8月23日・24日と岡山県立美術館で開催された『劇的人生劇場 彼の人生の場合 彼女の人生の場合』で来岡されました。この舞台は、大谷亮介さんの一人舞台。とにかく、大谷さんの演技がすばらしくて、お話の中に引き込まれてしまいました。(ご無理を言って、ちょっとお話を伺わせていただきました。大谷亮介さんへのインタビューこちらから…)


こんにちは!! 原田さんのファンで色々な作品を読ませていただいているのですが、特に『スメル男』が大好きです。嗅覚が利かなくなった男の人のお話ですが、どのようにしてお話を考えられたのですか?
新聞の記事の中で「東京都江東区で異臭事件」というのがあり、興味を持ったんです。それから、もし自分の脇の下が臭かったらどんなことになるだろう・・・?と思い書きました。
嗅覚について意識したことはなかったのですが、この『スメル男』を読んで、嗅覚が正常に働くことがいかに大切かが分かりました。
そうですね。五感の中で、嗅覚はまだ未知の領域らしいのですが、鼻が利かないと食事もおいしく食べられないですからね。結構、大切な器官です。
いつ頃から、作家をめざすようになったのですか?
高校時代に、岡山にあるジャズ喫茶によく行っていたんです。そこは、文学青年が集まり、色々な本のことについて語り合ったりしていました。この頃、読書量が驚異的に増えましたね。皆の夢は、もちろん小説を書くことだったのですが、誰も書かない・・・じゃっ僕が書いてみよう!と思ったんです。そして、16才の時に「失透」という短編小説が‘学研コース文学賞’に入選し、自分の書いたものが活字になる喜びを知りました。そして、この時に絶対に作家になる!と心に誓いました。
今は、夢が叶ったんですね!!
はい。そうですね・・・夢見ることが大事なんですよ。その時、夢を見たから今があると思うんです。例えばね、文庫本になって本屋さんに自分の作品が並ぶといいなぁ。何冊が出すようになり、名前の見出しがついたらスゴイなぁ。本の背表紙はシルバーにするぞ!とかちょっとしたことですが、夢を抱いていました。そうそう、高校時代の同級生・原研哉さんに「絵はお前に頼むぞ」と言っていたんです。願いは、叶いました!!嬉しかったなぁ。
確かに。「こんなものを買った」や「十九、二十」などの作品の背表紙はシルバーですね。絵も原さんの独特なタッチでした・・・。
でもね、35歳ぐらいまでに夢が全て叶ってしまいちょっと悩みはじめてしまったりもしたんですよ。
順風満帆なように見えますが。
作家はね、金と女と病気で苦労しなければ、いいものは書けないとよく言われているんですよ。金と女性の問題は、学生時代に悩みましたが(笑) まさか、自分が病気になるとは思いませんでした。
何の病気になられたのですか?
うつ病です。何も書けなくなりました。随分、悩みましたよ。そしてその時に、これから先何を書いていったらいいのか・・・ということも考えました。
そんな時に、父親からの「初心に帰れ」というアドバイスにより40歳で初心に帰ったんです。それから、何を書いたらよいのか目の前が開けてきました。
今は、もう元気です!!来年ぐらいから、作品がたくさん出てくると思います。
とても、楽しみです。
がんばりますので、皆さんも色々読んでみてください。
ありがとうございました。




























原田宗典プロフィール

1959年、東京生まれ。操山高校を卒業後、早稲田大学文学部演劇科に進学。1984年に「おまえと暮らせない」ですばる文学賞入選。以来、小説・エッセイを発表する一方、劇団東京壱組の座付き作者も務める。主な著書は「スメル男」「十七歳だった!」、エッセー「東京トホホ本舗」「スバラ式世界」など。






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