滝沢忠孝の「CHEER UP!」

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2009年01月

めでたさは 無事の便りか 年賀状…

“1月1日にあなたの心の中に居たいから・・・”
JP(日本郵便事業株式会社)のCMはうまいことを言うなぁ・・・
と思いながら、12月25日までに投函しようと頑張った。
もっとも、毎年子どもさんたちの写真付きの賀状には
写真を見てからひと言添えることにしているので、
年が明けてからの返事となる。

『花には水を 妻には愛を・・・』(このブログをお読みの方は
覚えがおあり?) 今年もオヤジからは例の賀状が届いた。
今年はさらに・・・ 
“まさかの坂は越えることの出来ぬ坂”“よもや”の靄(もや)は決して晴れない”と
経験者は語る。  
出来ることなら今年も笑顔で暮らしたいもの・・・と、身が引き締まる。


“めでたさは 無事の便りか 年賀状・・・”
   『元気かぁ?会いたいねぇ・・・』 見覚えある癖字に 友の顔が浮かぶ・・・

日時: 2009年01月03日 13:23

ラジオで同窓会・・・

今年も“春からサンベスPOPTOWN!”と題して
1月11日(日)午後8時から2時間、生放送でお送りしたサンデーベスト。
インターネットでのスタジオ生中継もあり、
1980年代のナツメROCK(懐かしのロックの意)と合わせてお楽しみ
いただけたでしょうか?
当時中学生や高校生だったリスナーの皆さんも、いまや“アラフォー”
(ちまたで話題の40歳前後) 少々お疲れ気味の世代の皆さんへの
“CHEER UP!”(元気出せよ!)のメッセージは届いたかなぁ…

番組に寄せられたメッセージの一部を紹介します。
『サンベスのオープニングテーマを聴いたときは 鳥肌が立ちました…
 “サンベスファミリー”この仲間は、どんなときも幸せを共感できる大切な存在です。
 元気をありがとう。』  モンゴル少年 41歳

『今年もやってくれるんですね・・・私は43歳のおじさんですが、
サンベスが聴けるこの2時間は高校生の頃に戻れるような気がします。いや戻ります』
                                     サンベス命 43歳

『僕は大阪でグラフィックデザイナーやってます。年に一回くらいしか岡山へ帰れない
けれど、みんな元気してるか?  世間は暗い話ばかり勝手にしてるけど
この曲聴いて元気出して行こうぜ!』            マル秘連合会の一員 40歳

『東京で暮らしていて、サンベスがネットで聴けるなんて・・・感激!
サンベスは僕の人生を左右した番組です。末永く応援します。』    原宗一郎39歳

『今は地球の裏側に住んでいますが、ここフランスでも80年代のROCKがブームです。
今は二児の母ですが、家具・インテリアのお店で販売と飾りつけしながら
銀のアクセサリーの創作も細々と続けています。(この)ブログを発見し喜んでいます』
                        ゴジラの花嫁(懐かしいペンネームだね・・・)

ファジアーノ岡山スポーツクラブの木村正明代表からもFAXが届きました。
『中学3年から高校3年までほぼ毎週聴いていました。本当は勉強しなければいけない
時間だったのですが、宿題は上の空で番組に夢中になっていました。
高校を卒業してから20年間、東京や海外で暮らしていたのですが、岡山を懐かしく
思い出すとき、同級生の間でよく話題に出たのがサンデーベストでした・・・(中略)
昨年末、夢のJリーグ昇格を果たし、岡山県初のプロスポーツチームとなりました。
リスナーの皆さん、是非おらが街のクラブ・ファジアーノの応援に桃太郎スタジアムに!
今日は出張で聴く事が出来ませんが、岡山へ帰って録音を聴くのを楽しみにしています』と・・・

そんなこんなで、いまや懐かしい洋楽を聴きながら、仕事や家事・育児でパッツンパッツンの人は
少し放電出来たら・・・そして自分の夢に向かって頑張っている人の話を聞いて
“元気”を少しでも充電することができたら・・・本望です。 “CHEER UP!”で行こうぜ!

最後に、サンベス世代・・・と勝手に名づけて・・・言ってみればリスナー限定の“ラジオ同窓会”
『二度あることはサン(三)デーベスト』をかなえてくださった関係者(実は彼らもみなサンベス
の大ファンだったという…)の皆さんに   あらためて 『ありがとう!』

日時: 2009年01月12日 07:35

10年先に何をしていたい?

自分の進路に迷ったら・・・
『10年先に何をしていたい?』『今日の10年先・・・
だから明日の10年先は今日と違ってもいいんだよ・・・』
『まず自分の未来を想像してごらん、
そこから遡ったら・・・答えが見えてくるんじゃないかぁ・・・』
サンデーべストでマイクに向かっていたころ、よくそんな話をした。
10代の頃はいくらでも夢を見たらいい…自分の未来予想図だ。

もちろん、私自身の未来予想図もそれなりに描けているが、
過去へ遡ってみると・・・

資料室の社報に今から10年前(1999年)の自分がいた。
家から会社まで歩いて365歩…毎朝4時半起きでラジオの朝ワイドを担当していた頃、
“朝まで生放送”(テレビとラジオ、新聞と初のメディアミックス)で岡山市の
未来予想図を語る番組の司会をしていたり…
ラジオ祭りアナウンサー全員集合は、なんと2日間灘崎町(今は岡山市)の
サウスビレッジからやっちまったなぁ~。 
海の日は瀬戸内海に浮かぶラジまる(丸:船)から放送したっけ…

10年後に“こんなはず…”だったかどうかは別にして
                    “一所懸命 頑張ってたなぁ・・・”と思う。
         
          たかが10年、されど10年ひと昔・・・

日時: 2009年01月17日 14:17

大統領の見事な“あるべき論”

何年か前・・・
当時の上司から『“あるべき論”やこぉゆうな(…を言うな)
“あるべき論”なんか何の役にも立たん!』と怒られたことがある。
そういえば・・・
郵政は民営化“するべき論者”だったあの方も、
それ以外には“あるべき論”など持ち合わせておられないのか
『人生いろいろ…』なんて、質問をはぐらかしたこともあった・・・

確かに“人生いろいろ”。 生き方も働き方もお好きなように…で
“あるべき論”などいらぬ説教、大きなお世話かも知れないが、
家庭では親が、学校では教師が、職場で上司が…ましてや国のリーダーが
“あるべき論”を言わずに誰が言うのか?


アメリカのオバマ大統領の自信に満ちた見事な“あるべき論”を聞きながら、
その言い回しをアドバイスするという主席スピーチライタージョン・ファブロ氏
に拍手を送った。
47歳の大統領と27歳のスピーチライター・・・彼らは人に希望を抱かせる“言葉”を選んだ。
  
  “ 火を消すのも人の息なら
                       火を起こすのも人の息 ”

日時: 2009年01月24日 15:10

日頃が大事…

2月2日から山陽放送ラジオでも“緊急地震速報”の運用が始まった。
最大震度5弱以上の地震が発生し、岡山県下どこかで震度4以上の揺れが
予測され、気象庁から“緊急地震速報”が発表された場合に、通常番組や
コマーシャルを中断して放送するもので、まさにある日突然の“よもやまさか”だ。
“冷静”な対応が出来るかどうかなんて、その時になってみなきゃわからないが、
ラジオセンターやスタジオに備え付けられた非常灯が点滅する光景は見たくないものだ。

阪神淡路大震災を経験した大阪のラジオのパーソナリティーのコメント…
『「災害のときはラジオ」などと言われると頭に来る。“いつものラジオ”が
あるから、災害のときも役立つんや。大事なのは日常や!』は、まったく同感で、
今日も明日もあさっても・・・
“いつものラジオ”は“いつものラジオ”を必要とする人のためにある…と思う。

日時: 2009年01月31日 13:55

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